ria Yoga life

丁寧に生きシンプルに暮らす。ヨーガを学び、伝えているriaのつれづれ。

見なくてもいいし、見えてもいい。

時々、全く知らない人から「見えてるでしょ』って言われることがある。
怪しい勧誘と思って聞こえない振りで無視するのだけど
最近また何度か言われて、どういうことだろうと考えてみた。

その人は全然怪しい人ではなくて、むしろそんなこと言うような感じではないので
正直何を言っているのかさっぱり分からなかった。
 見えてるでしょ?目が違うもん。
え?何のこと?見えないよ。
 ホントは見えてるでしょ?隠さなくてもいいよ。そういう目をしてる。
いや、ホントに見えないんだって。見たくないし。

…見たくない?何を?
見たくないのはおどろおどろしい幽霊。でも幽霊って怖いものなのだろうか?
それだってテレビや雑誌や大人たちに吹き込まれた固定概念なんじゃ?
でも見る必要のないものは見えなくてもいいんだ。

自分より波動の低い余計なものは見なくてもいいと思う。

見えるのは幽霊だけじゃなくて他の波動のものもあるだろう。
そういうのは怖くないんじゃない?
怖いって、、何が?

見えることが特別だと思っているからだ。特別でスゴいことだと思っているからだ。
そしてそんな特別なことが出来るひとは、特別でスゴい人だと思っているからだ。
それは特別なことでも何でもなくて、個性なだけだ。
そう思っているから、『そんな特別なことが出来るスゴい自分なんかじゃない』
『私なんかに見えるはずがない』と怖がってるんだ。

見たくないものは見なくていいし
でも、見えてもいいんだなあ。

それは特別スゴいことでも何でもないんだから。

以前京都を一人旅していて、あるお寺の方にも「目が違う」と言われて
そんな思い出を「見える」と公言している友達に言ったら鼻であしらわれて
そのときにそのコの価値観を受け止めてしまったのかもしれないなあ。

そのコはそうすることで自分の存在価値を必死で守りたかったのだろう。
 あんたなんかより、私のが上よ。
私はその後、彼女とハウスシェアすることになり、彼女は天使だか天界の意識が受け取れるようになったとかで、ヒーリングセッションを始め、私も時々セージを炊くだの、この人のセッションの時は一人になるのが嫌だから家に居てくれと言われて予定をキャンセルして家に居てあげたりの手伝いをボランティアでしていた。

けれどよくよく聞いてみると、????と感じる事も多々在り
私はレイキのアチューンメントを3rdまでしていたり瞑想が好きでヴィパッサナー瞑想の合宿に2〜3度参加していたりで、彼女はそれが気に入らないのか、天使からのお告げだと言って「レイキのエネルギーは宇宙の中でも低いエネルギー。それが悪いってわけじゃないんだけど」とかヴィパッサナーのことも何か言っていたけれど、それってヴィパッサナー瞑想のこと言ってる?どういうことしているのかどういう瞑想なのかホントに分かってる?っていう内容で、今思えば彼女こそヒーリングが必要で自己承認をして欲しい塊だったのだなあと思う。

なんにせよ、見える、見えないどっちでもいいのだ。
そして、見えてもいいんだ。

特別なことではないんだから。

見えるなんて、ありえない!ってずっと思って来たから
ありえないことをこれからしてみようと思う。